神楽坂クラス7/27

7/27(土)神楽坂ヨガクラス。
会場の都合上いつもより1時間早いスタートでしたが、沢山の方々にご参加いただきました!
今回はヨガ初体験の方、久しぶりな方、お仕事が忙しく身体や心がお疲れモードな方…と、皆さんのコンディションもそれぞれだったので、
まずは、リンパマッサージからスタート!
足先から、股関節にかけて丁寧にマッサージを行って、かる〜くなった足を感じていただきました!

アーサナの練習は、ゆっくり音楽に耳を傾けながらヴィンヤサスタイルの構成で気持ちよく、呼吸と身体の動きの流れが感じれる構成☆

そうそう、クラスの前に、最近私がヨガの練習をしている際に感じたことをお話しましたよ。
「クラスに参加するときの気持ちは人それぞれで、それに間違っていることなんてありません☆
今日は、硬く強張った体を伸ばしたいんだ!でもいいし、呼吸に集中して心と向き合うんだ!でもいいし、本当に何でも良いと私は思います。
ただ、最近私はパーソナルトレーニングについて学んでいて、その実験台として自分の体もトレーニングをしてみてます。
すると、意識しているつもりはなくても、毎朝の練習で「トレーニングの成果、効果がどこかに活きていないかなー?」と探す日々になっていました。
そんなとき、とても疲れていて頭の中で考えを巡らすことはもちろん、体を観察することもできず、ただただ練習をする!といった日がありました。
すると、いつのまにか自意識が消えて、[動く瞑想状態]に入った感覚になったのです(ほんの少し。あ、これが動く瞑想か?!と気づくまでの間ですが。)

そして練習後アノ感覚を振り返ってみると、「あー自意識っていらないなぁ。ヨガは、自分から不必要なものをそぎ落としていくことなんだなぁ。」との思いに至りました。

そう言えば、ヨガの根本教典であるヨガスートラの始めの一節にも[ヨガは心の修正を制限すること]と書かれていたっけ。
つまり、私たちは無色透明で透き通ったガラス玉の様な心をもって生まれてきますが、経験や知恵、知識、思考、感情などによって修正をかけていき、だんだんと色がついてきます。
時には曇って、自分の直感や素直な気持ち、感覚がわからなくなってしまうこともあるのです。
ヨガは、そんな修正された心を、玉ねぎの皮を一枚一枚剥くように元の状態に戻していくこと、という意味です。

実体験とスートラの言葉が繋がり、エゴをなくした状態でアーサナ、プラーナヤマの練習をしてみるのもヨガの新たな一面をみれるきっかけになるかもしれません。
思考が働き出して、思いや考えが頭の中に巡ってきたらそれらを、穏やかな小川にそっと流すイメージを繰り返してみる。その作業を繰り返すうちに、人の思考は疲れて、やがて静かになっていきます。
そしてそのときにこそ、曇りのない無色透明な心が発しているサインに気付いて、自分にとっていらないものが1つなくなっていくのかもしれません。

そーんなお話をさせていただいて、90分のクラスを行いました!

写真は最後のシャバーサナの様子。
とても快適そう☆
汗をかいて、もしかしたら各々にとっていらないものを1つ手放して、心が少し軽くなったのかな!

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Satomi