グレーゾーンを楽しむ

みなさん、グレーゾーン楽しんでますか。

白黒はっきりしないなんとも歯がゆい、あのグレーなゾーンのことです。

私たち付き合ってるの?それともただの都合のいい女なの?の、悲しき乙女のグレーゾーンです。

古くからのヨガ考えでいうと私たちの世界は“二元性”なのだそうです。グレーゾーンなど存在しない。光と影、善と悪、太陽と月、幸せと不幸せ…
もともとがそんな世界だから、どうしても私たちの心は白黒どっちかはっきりさせたくなります。シーソーでいうと、いつもどちらかに傾いている状態。好きか/嫌いか、楽しいか/楽しくないか。ある友達を好きかと思えば、ある些細な出来事で嫌いに傾き、楽しい旅行もちょっとしたトラブルで楽しくないに傾く。

そんな極端な動きをする私たちの心や行動に、継続したヨガの練習は中道をいくことの大切さを教えくれます。
たとえ今、誰かのことを好きだと思うこちら側にいても、その真ん中の中道のありかを知らなければ私たちの心はいつでも反対側のきらーい!にいくエネルギーを蓄えています。そしてきっかけとなる出来事や会話があると、あっという間にシーソーの反対側のもうきらーい側に移動してしまいます。もしその時、シーソーの両側のバランスがとれる真ん中の位置にある「中道」という存在があることを知っていたら、ある出来事や会話で衝動的に反対側に傾いてしまうことを防ぎ、一度真ん中にとどまってものごとや自分の感情を客観的にみる機会を得ることができたのかもしれません。

そういえば恋愛のシーンでも、彼氏なのか友達なのか定義づけたり確認してからじゃないとダメな人より、なんかよくわからないけどなんとなくフィーリングが合うし仲良いから2人でも遊ぶよー!という人の方が楽しそうに恋愛してたし、会社でいうと、コンペの結果がくるまでの悶々とする時期を楽しんでいた上司は仕事もプライベートも楽しそうだったかも。そう考えてみると、グレーな期間も楽しめる余裕ってなんか器の大きさと人生の謳歌度みたいなものと比例しているような感じもします。

そしてグレーゾーン、中道を楽しむということはエゴを捨て去ることにも通じるのかもしれません。早く白黒つけたい!と思う心は、どっちつかずなグレーな期間で自分の心が辛いからどうにかしたいんですもんね。中道にいれないのは、中途半端な状態が辛い私が早く楽になりたいから、というエゴからきてるのかもしれません。

コミュニケーションなんか特に、スムーズにいかなくなるとき、よくありますね。そんなときも早くどうにか蹴りをつけたいと思いがちです。でも物事はもがいても叫んでも、あゝ無常ってやつです。いやでも移り変わります。だから、今すぐどうにかしたい、という焦る心を一度沈めて、”今ここに留まる、中道にいる”ということを選んだときには、もしかしたら“無常な世の中を認め、その流れに身を任せる”という自然な生き方をも選ぶことができているのかもしれません。

シーソーの端っこと端っこを行き来するような極端な考えや言動は極端な状況を生み出します。シーソーのバランスをとるように真ん中の”中道“に留まることを知っていれば、無理のない自然の流れに気持ちよくプカプカと浮いていられるのだと思います。

どうせなら、流れに身を任せてらくーに生きたいですもんね。

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んまぁ、今となっちゃいい思い出ですが、やっぱ都合のいい女は避けたいですがね…

Miho